仏教経営学Academy

Month: 11月 2016 (page 1 of 2)

大成功したければ、経営を学んではいけない

『優れた人格思想』を学び、1世紀を超えて愛され繁栄し続ける
『賢者ビジネス』を作りたい人の為の
仏教経営学Acamdemyの森川卓典です。

 

この資本主義社会で成功する上で
必要不可欠とされているスキルの一つに
「経営」のスキルが挙げられるでしょう。

 

経営についての資格で有名なものとしては
MBAなどがあげられるでしょう。

 


そして、MBAの資格を有する人は
他社よりも優遇され、成功に近づくように思われています。

 


そもそも、MBAで一体、何が学べて
何を身につけることができるのでしょうか?

 

 

まず、MBAは資本主義社会のルールを教えてくれます。

 


企業であろうが、病院であろうが、お寺であろうが、
この社会の中に存在する限り、法律やルールから
逃れてやってはいけません。

 


たとえ病院やお寺であっても、経済的成功が
目的ではないにせよ資本主義の中で維持発展して
いかなければならないので、そのための方法論を
徹底的に学ぶわけです。

 


その結果、そこでしっかり学んだ人が活躍する組織は、
「現在の社会の枠組みの中で」元気になります。

 

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一見すると、理にかなっており
MBAの資格は現代社会において
優遇されるものと思われます。

 

しかし、どうでしょう。


ここに、思わぬ『落し穴』があるのです。

 

たとえば、もともと

「世界から貧困を無くしたい」

という志を持って、ビジネススクールに
来た人はどうでしょうか?


戦略やマーケティングやファイナンスを学び、
NPOを立ち上げて、世界から貧困を無くすために
頑張るかもしれません。


ですが、もしもその貧困が資本主義社会の枠組みの
いびつさそのものに端を発しているとしたら?


そもそもNPOというあり方自体が、
既存の経済社会の枠組みにおいて
存在を許された組織形態ですから、


既存の枠組みそのものを
揺さぶるような力を持つことは難しいでしょう。

 

図らずも「優しい顔をした資本主義」
のイメージ作りに貢献してしまう恐れもあります。

 

極端な話、世の中を変えたいと思っていた人が、
気がつけば、世の中の体制を守る人になってしまうのです。

 

また、MBAには仕事能力の高い人が集まります。


志があろうとなかろうと、仕事の面で
ハイスペックな人材が多いことは確かです。

 

そういう人たちが「この世界での成功のルール」を
叩き込まれ、目の前に「この世界で成功とされているキャリアパス」
を用意されると、


たとえ、もともとお金には代えられない大きな志が
あったとしても、心が揺れ動くのが人間というものでしょう。


資本を持っている側にしてみれば、
敵に回すとやっかいな相手が、
それくらいで自分の飼い犬に
なってくれるなら安いものでしょう。

 

資本主義のカラクリとも言えるでしょう。

 

過度の期待は禁物です。

 

ビジネススクールに行って、一流企業のCEOに
なれたとしても、ガンジーにはなれません。


それでもなお、大きな願いを胸に
MBAに挑戦される方は、道元禅師の

「財多ければ必ずその志を失ふ」

という言葉を座右の銘として、
取り組まれてはいかがでしょう。


カネで動かない人間こそが、志を貫徹し
新たな道を成就するのでしょう。

あなたの将来は?

『優れた人格思想』を学び、1世紀を超えて愛され繁栄し続ける
『賢者ビジネス』を作りたい人の為の
仏教経営学Acamdemyの飯田隆史です。

 

俺の(私の)将来どうなるのかな。。

 

先行き不透明な時代ですから、
未来に不安を抱く人が増えています。

 

どんな未来が待っているのか
どうすればわかるのか。

 

「人生で時間を多く過ごす

 上位7人は、あなたの将来です

(ロバート キヨサキ氏「金持ち父さん貧乏父さん」)

 

今、自分がどんな人と付き合い、どんな環境に

身を置くかで、未来はほぼ決まってしまうのですね。

 

 

どんなセミナーに出て

どんな人と出会い

どんな人と共に過ごすかで

将来は大きく変わってきます。

 


仏教では、このことを「縁」といわれます。

 

 

500年前、室町時代に活躍された蓮如上人は

次のように書いています。

 

『俗典にいわく、「人の善悪は近づき習うによる」と。

また「その人を知らんと思わば、その友を見よ」といえり。

「善人の敵とはなるとも、悪人を友とするなかれ」

という事あり』(御一代記聞書)

 

 


良き師、良き友と出会いながら

その縁を自ら遠ざけるようなことがあっては残念ですよね。

 

人は縁によってどうにでも変わるのですから。。

 

今一度、自分がどんな人たちに囲まれて

日々、仕事をしているのか、生活をしているか

振り返ってみては如何でしょうか?

 

周囲を見渡し、この人たちと一緒では明るい未来を

描けないなと思われれば、良い縁を求めて、

環境を変える努力も大事ですね。

 

“GIVE&TAKE” をやめろ

『優れた人格思想』を学び、1世紀を超えて愛され繁栄し続ける
『賢者ビジネス』を作りたい人の為の
仏教経営学Acamdemyの飯田隆史です。

よく


「GIVE&TAKEが大切!」


と聞いたことがありますでしょうか?

 

 

 

 

この言葉、一見すると、たしかにごもっとものように聞こえますが、

これって『重大な欠点』があるんですよね。

 

 

 

その答えが、実は仏教に説かれているのです!
 
 

その『重大な欠点』がわからないままでいると

周りからの信用を、知らず知らずのうちに失い

ビジネス・パートナーともギクシャクした関係となってしまうでしょう。。

 

 

逆に、この『重大な欠点』がわかっていれば

 

多くの人から信頼され、応援され

知らず知らずのうちに多くの人から協力をえて

何をするにも困ることが無いでしょう。

 

 

 

 

では、その『重大な欠点』とは何か??

 

 

 
「GIVE&TAKE」は

 

「一つ与えたら一つ見返りを受け取る」

 

という日本語訳になります。
 


 

「お互い、助け合いの精神で素晴らしい!」
 
と多くの人が共感します。

 


 


ですが、この考え方は、

 

あなたが誰かに親切をした時(GIVEした時)

相手からの見返り(TAKE)を求めてしまうのです。

 

 

 

これが、『重大な欠点』なのです。
 


 
相手からお礼の言葉や、お返しがあれば良いのですが

あなたの期待するものが返ってこなければ、どう思うでしょうか?
 


「せっかく親切にしてあげたのに」
 

「なんで感謝してくれないの?」
 

「次からはあの人に何もしないでおこう」
 

 

 

という心は出てこないでしょうか?


 

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親切をするときに、知らず知らずのうちに

「親切の請求書」を相手につきつけてしまっているのです。 
 
 
ブッダは
 
「親切をした相手から、何も見返りがなくても
 あなたが撒いた善いタネまきは、巡り巡って
 あなたの元に返ってくるのだよ。

 

 親切をした相手から見返りがあろうとなかろうと
 善いタネの結果は必ず現れるのだよ」

 
と言われ
 
「親切の請求書を捨てなさい」と教えています。
 

 

 


具体的には

 

「私が」
「誰々に」
「何々をしてあげた」

 

この3つの心を忘れなさい、

 

と言われています。

 

 


 
「オレが、お前のために、お土産を買ってやったんだぞ!」
 
このような気持ちで親切をしてしまっては
親切をされた相手も重荷に感じてしまい、反発してしまいます。

 

 

 

せっかくの親切が、ケンカや人間関係を壊す原因となってしまっては
もったいないです。
 
「彼氏のためにこれだけ尽くしているのに」
「あの人は、私の苦労を何もわかっていない」
「これだけ頑張って仕事しているのに、誰も認めてくれない」
「家族のためにこんな一生懸命なのに、もっと感謝してもらいたい」
「家計や子どもことでこんなに苦労しているのに、夫は構ってくれない」

 
こんな思いは誰しもあるものです。
 

 


知らず知らずのうちに、「親切の請求書」を持ち続けているがために
自分で自分の心を苦しめているのです。


 
そんな時、ぜひ「私が」「誰々に」「何々をしてやった」
この3つを忘れるように心がけてみてください。

 

 

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周りの人が受け取りやすい、

押し付けがましくない親切ができるようになります。
 

 

 


「親切の請求書」を忘れて親切にすれば、

自然と感謝やお礼をたくさんもらえるようになるものです! 

鳩を撃った武田信玄

『優れた人格思想』を学び、1世紀を超えて愛され繁栄し続ける
『賢者ビジネス』を作りたい人の為の
仏教経営学Acamdemyの森川卓典です。

 

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年始の神社などにいきますと、多くの人が

「おみくじ」

をひいている光景をみます。

 

 

「今年一年、どんな都市になるのか!?」

 

と不安や期待を胸に、多くの人がおみくじをひいて

喜んだり、ぎゃくにがっかりする人もあります。

 

 

果たして、紙切れ一枚によって、私達の運命が決まるものなのでしょうか??

 

 

そんな中、今もなお語り継がれる戦国武将「武田信玄」は

迷信、占いなどを嫌ったと言われています。

 

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武田信玄は、


「縁起をかつぐ心は、戦う前から負けている」

とまで言っています。

 

 

これは一体、どういうことなのでしょうか??

 


このことについて、武田信玄のあるエピソードを知れば、

その心がよくわかります。

 

 

武田信玄が、甲斐を本拠とし、信濃制圧を目指していた時のエピソードです。

 

全軍が、まさに出陣しようとしていた時です。

 

一羽の鳩が飛来し、庭の大樹にとまったのです。

 

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それを見た兵士たちは、皆、
「わぁー」
と歓声をあげて喜びました。

 

 

 

「鳩が枝にとまったぐらいで、何を騒いでいるのか?」

 

不審に思った信玄は、老臣に尋ねました。

「なぜ、兵士たちが、あんなに喜んでいるのか」

 

「出陣する際に、この木の上に鳩が来たならば、大勝利間違いなしと、昔から伝えられております。

 大変、縁起のいいことです。兵も必勝を確信し、沸き立っているのでございます」

老臣もうれしそうに答えました。

 

 

しかし、信玄は表情を変えずにいました。

 

そして、黙って鉄砲を手に取り、たちまち鳩を撃ち落としてしまったのです。

 


「殿、何をなされますか。吉兆が凶兆に変わってしまうではありませんか!?」

老臣は驚いて、信玄に詰め寄りました。

 

「かりに、鳩に吉兆があるとしよう。

 では、次の合戦の時に、もし、鳩が飛んでこなかったら、おまえたちは、どんな心境になるのだ」

「……」

老臣は答えられずにいました。

 

 

 

続いて、信玄は、出陣する兵士次のように諭しました。

 

「鳩が来たら縁起がいいと喜ぶ者は、鳩が来なかったら、

 今度の戦いは危ういのでは、と不安を抱くに違いない

 そうすれば全軍の士気が下がる。戦わずして、負けたも同然ではないか。

 

 ささいなことを信ずる惑いを解いてやったのだ。

 むしろ、普段から戦いに備えて自己を錬磨し、必勝の信念を持つべきである

 

 

いかなる縁起などにおごることなく、常に自己を研鑽できる人が

いつの時代も名を馳せることができるのでしょう。

 

 

仏教では

自分の運命は、すべて自己の行ないによって決まる

 

と教えられています。

 


「縁起かつぎ」に、お金を使ったり、体力を消耗したりするのは

実に、もったいないことだと思います。

 

今年一年をよりよいものにしたければ、自己の研鑽を怠ることのないようにしましょう。

他人の言動が気になって仕方がない人へ

『優れた人格思想』を学び、1世紀を超えて愛され繁栄し続ける
『賢者ビジネス』を作りたい人の為の
仏教経営学Acamdemyの飯田隆史です。

 


「廊下ですれ違って挨拶しても無視された

 あの人は私のことを、嫌いに違いない。。」


「いつもは笑顔で接してくれるのに

 今日は素っ気ない態度だった。

 私のこと嫌になったのかな。。」

 


些細な相手の言動が気になり、

苦しんでいる人は少なくありません。

 


どうせ私のことなんか、

気にもとめてないんでしょ


人が思ってもいないことを

「こう思っているに違いない」

と思いこみ、悩み苦しむ。

 


まさに

「自業苦(じごく)」

です。

 

 


皆、本当は

自分のことで精一杯。


他人のことまで

あれこれ考えている余裕はありません。

 

これが実情ではないでしょうか?

 


「苦にやむな 憂いも辛いも流れゆく

 苦にする心 自業苦なりけり」

 


仮に思っていたとしても、

時と共にすぐに忘れていきます。

 

 

本当に考えねばならないことを考えず、

過ぎてしまえば、

さほど問題でないことを、

あれこれ思い悩んでいるのは、

悲しいことですよね。

妄想することはやめましょう

『優れた人格思想』を学び、1世紀を超えて愛され繁栄し続ける
『賢者ビジネス』を作りたい人の為の
仏教経営学Acamdemyの森川卓典です。

仏教の言葉に

「莫妄想(まくもうそう)」

という言葉があります。

 

 

これは、文字通り

「妄想することなかれ!」

という意味です。

 

 

ここで言う「妄想」とは

考えても仕方がないことをあれこれ考えたり

どうにもならないことをクヨクヨと悩んで思い返すことを言います。

 

 

新しいことにチャレンジする前から

 

「失敗したらどうしよう。。」

「上手くいかないのじゃないか。。」

「周りからなんて思われるか。。」

 

と思い悩んでしまうことは誰しもあります。

 

しかし、起きてもいない未来の結果ばかりに気を取られて

何もアクションを起こさなければ、何も始まりません。

 

さらに、あれこれと考えすぎてしまうと、雑念にとらわれてしまい、集中力を失い

かえって失敗してしまうこともあります。

 

 

とはいえ、妄想を止めることは難しいものです。

 

では、どうすれば妄想を止めることができるのか?

 

 

実は簡単な方法があります。

 

 

それは、過去のことは思い切って忘れてしまい

未来のことは「成るように成る」と思うことです。

 

 

もし、予期せぬ問題が起きてしまったら、

その時に対処すればいいだけです。

 

解決できそうに問題も、後から振り返ると

小さな問題でしかなかった、と思えてくるものです。

長い航海に旅立つ船長が準備すべきたった一つのもの

『優れた人格思想』を学び、1世紀を超えて愛され繁栄し続ける
『賢者ビジネス』を作りたい人の為の
仏教経営学Acamdemyの飯田隆史です。

 

 

なぜ、あなたは仏教を学んでいるの?

家族や友人から聞かれたら、

あなたは、どう答えるでしょうか。

「なんとなく関心があったから」

「最近、仏教を学んでいる経営者が多いと聞いたから」

色々な答え方がありますが、

「宗教だからです」

と答えられた方がありました。

「宗教って、ちょっと待って。」

「危ないんじゃない」

「お金とられるよ」

「洗脳されるよ」

etc…

今日の日本において、「宗教」という言葉ほど

誤解され、悪く思われている言葉は

あまり無いのではないでしょうか?

そもそも、「宗教」とは

「宗となる教え」
と書きます。

つまり

人生の指針となる教え

ということですね。

人生の指針とは、人生の目的ともいいます。

これから長い航海に旅立つ船長にとって

必ず準備せねばならない、最も大事なものは何でしょうか?

Yacht Sailing against sunset.Sailboat.Sepia toned

長い旅ですから、十分な食料、燃料、ベテランの船員。。

色々と揃えなければならないものはあるけれど、

これだけは忘れてはならないもの

準備せねば、長い航海が無駄に終わってしまう

一番大事なものは何でしょう?

それは
「羅針盤(らしんばん)」
です

なぜなら、正い方向が分からねば、広い海をさまよい、

いたずらに燃料と食料、人材を浪費し、最後は座礁します。

私たちの人生航路にとって、もっとも大事なものは

人生の羅針盤です。

仏教では、このことを

「出世(しゅっせ)の本懐(ほんがい)」

と言われます。

何のために生まれてきたのか

何のために生きているのか

生きる目的は何か?

中長期の経営指針をもっておられる経営者の方は

たくさんいらっしゃいますが、人生の指針をもつ経営者は

少ないと稲盛和夫氏も指摘しています。

明治以前、宗教とはイコール仏教のことをさして、使われていました。

仏教を学び、ゆるぎない人生の目的を知って

たくましく人生航路をすすみたいものです。

 

 

ムダな争いを避けるには

『優れた人格思想』を学び、1世紀を超えて愛され繁栄し続ける
『賢者ビジネス』を作りたい人の為の
仏教経営学Acamdemyの森川卓典です。

 

 

仏教に

「一水四見(いっすいしけん)」

という言葉があります。

 

 

これは

「一つの水でも、見る立場によって

 同じものであっても

 見方が全然変わってくる」

ということです。

 

 

まず、人間が見たならば、そのまま「水」と見えます。

 

餓鬼(がき)※ が水を見たならば、「火」と見えます。

 

※ 餓鬼は常に飢えと乾きに苦しみ、食物、また飲物でさえも手に取ると

  すべて火に変わってしまい、決して満たされることがなくて苦しみつづけている。

 

天人から見ると、水はまばゆく輝く「水晶」に見えます。

 

にとっては、水は「住み家」と見えるのです。

 


このように、同じ「水」であっても

それぞれの立場で全く見えるものが違ってくるものです。

 

 

考えてみますと

同じ会社にいて仕事をしていても

上司と部下、それぞれの立場によって見方が全く違います。

 

一つ屋根の下で暮らしている夫婦であっても

夫と妻では全く見ているものがちがいます。

 


インターネット検索で「妻」といれると

複合語で「プレゼント」が上位に出てきますが

 

「夫」といれると

「イライラ」が上位に出てくることからも分かります。。笑

 


よく赤ちゃん目線といわれますが

赤ちゃんのように這い這いしてみると

大人にとってなんでもない床上が

赤ちゃんにとっては段差があったり

画鋲が落ちていたりと、

危険に満ちていることがわかります。

 

 

ちょっと立場を変えれば

見えているものは全く違ってくるのですね。

 

ついつい私の立場から

見たり聞いたり感じていることを正しい

と思いがちですが、

 

相手の立場に立って物事をみてみることで

ムダな争いや揉め事、トラブルを回避することができます。

 

 

あなたも、何かの揉め事やトラブルに巻き込まれた時は

お互いの違いを認め合うところから始めてみましょう!

成功したければ、馬には乗るな

『優れた人格思想』を学び、1世紀を超えて愛され繁栄し続ける
『賢者ビジネス』を作りたい人の為の
仏教経営学Acamdemyの飯田隆史です。

 

『徒然草』と言われる書物をご存知でしょうか?

 

鎌倉時代の書物であり、吉田兼好(兼好法師、兼好、卜部兼好)が

書いたとされるもので、今日も有名です。

 

 

何百年も前に書かれた本ですが

現代人にとっても多くの学ぶべきところがあります。

 

 

この本の中に、目的を見失った

哀れな男の話が載っています。


 

ある男が、親から

「仏教の勉強をして立派な僧侶になりなさい」

と教えられます。
 

 

「はい、わかりました!」

 

と、その男はさっそく家を出て、真っ先にお寺に

 

………

 

向かうと思いきや、馬小屋へと向かい

馬の乗り方を習い始めたのです!?

 

 

「法事の際、施主(法事を依頼した主)が

 馬で迎えに来た時、落馬したらつらいだろう」

 

と思ったからです。

 

次に、法事の後の酒席で

 

「何も芸ができなかったら、施主が興ざめに思うだろう」

と、歌を習ったのです。


 

 

乗馬と歌謡の力がある程度ついたあとも

「もっと上達したい!」

と打ち込んでいるうちに

仏教を勉強する時間がないまま、年をとってしまった

というお話です。

 

 

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「バカだな~

 最初から仏教の勉強をしておけばよいのに」

 

との笑い話になるでしょうが、この僧侶だけが愚かなのではありません。

 

 

多くの人が、目前のことばかりに心を奪われ

大事な目的や、夢に向かうことを忘れて月日を送っているのです。

 

そして、あっという間に月日は流れ

 

「自分はこんなことがしたかったんだっけ。。」

 

と後悔の人生に終えてしまうと、警告している話なのです。

 

 

この男の場合、

仏教の勉強をして立派な僧侶になる

のが目的でした。

 

ところがいちばん大事な「目的」を忘れ

急がなくてもいいことに熱中しているうちに

年をとってしまった、という話です。

 

 

 

自分の向かうべき目的

叶えたい夢があるならば

 

そこを第一優先として

それ以外のものは後回しにして

 

時として切り捨てなければ

ならない事もあります。

 

目的を見失い、目前のことに振り回されていると

一生は、アッと言う間に過ぎてしまいます。

 

 

いつの時代でも、大切な心掛けであり

特に経営者は常日頃から、会社の進むべき方向を

常に忘れてはいけないでしょう。

 

部下があなたのことを無視する理由

『優れた人格思想』を学び、1世紀を超えて愛され繁栄し続ける
『賢者ビジネス』を作りたい人の為の
仏教経営学Acamdemyの飯田隆史です。

 
先日、虎ノ門ヒルズのカフェで

大手企業の部長さんとお話していたときに

部下のマネージメントで悩んでいると相談を受けました。

 

「20代の若手と40代以上の社員と全く違うんですよ

 若手は自分に気に食わないことがあるとすぐにふてくされるし、

 成果が上がってないんだから報連相を上司にしろ、

 もっと必死にならないとダメだろと話しても、

 すればするほど、余計に口も聞かなくなるし…

 ひどくなると挨拶さえもしない。

 部下が私を無視するんです」

 

 


この20年の間に、社内のみならず、社外の顧客との

飲み会さえも激減し、心が通わなくなったと嘆いておられました。

 

 

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このような40代以上の管理職の方は男女問わず

多いのではないでしょうか。

 


ご自身は若い頃から上司の指示に従い、

飲み会に来いと言われればついていき

場の空気を読み、色々と気をつかってこられたからこそ、

いまの立場におられ、そんな自分に全く気をつかわない

部下の姿にイライラされるのもわかります。

 


では、どうすればいいのでしょうか?

 

 

仏教では、私たち人間は、

それぞれの「業界(ごうかい)」で生きている

と教えられています。

 

 

どういうことかというと、

一人一人、過去からの行動、経験、知識によって見方、考え方違う

ということです。

 

 

これを別の言葉では

「一水四見(いっすいしけん)」

ともいわれます。

 

同じ一つの水でも、

天人はルリに見え、

人間は飲み物、

魚は住処、

餓鬼は火に見える、ということです。

 

つまり、それぞれの業界で見え方は全く異なる、ということです。

 

 

そして、

 

お互いの心の中は、もうのぞきみることも

理解することもできないのです。

 

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ということは、

若者の気持ちが理解できないだけでなく、

実は理解しているつもりの同世代の人、

一緒に生活している家族の気持ちさえも、

実は分かってないのではないでしょうか?

 


一人一人がそれぞれの「業界(ごうかい)」で

生きている、一人一人違うんだな。。

 

ということが、本当に納得できて

はじめて一人一人と向き合おう、理解しよう

という気持ちがでてきます。

 

 


いまの業務にどんな思いをもっているのか、

成果が上がってないことについて、

どんな気持ちでいるのか

会社に対してどんな思いがあるのか

将来をどう考えているのか


その部長さんは、30名近くの部下がおられる

そうですが、一人一人面談しながらまず気持ちを

聞いていかれたそうです。

 

すると、普段は口も聞かないような部下でも

実は色々と考えていることがわかった

逆に素直に上司の指示に従って場の空気もよめると

信頼していた人が、実は会社を辞めようと思っていた

など、色々なことがわかったと言われていました。

 


最後に、このメルマガを読んでおられる方には

部下の立場の人もおられると思いますので、一言。

 

「上司は自分の話を聞いて当たり前」

「自分を理解しない人の話は聞きたくない、挨拶もしたくない」

 

と思っていると、やがて、その結果は自分にかえってきます。

 

部下の立場では、上司は何を考えているのか。

なぜこういう指示を出すのか、相手の立場に立って

上司の気持ちを少しでも理解しよう

とする努力は大切なことです。

 

 

上司と部下

夫と妻

親と子

それぞれに大事なことですね。

 

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