「情けは人のためにならず」

 

 

 

ということわざをご存知でしょうか?

 

 

 

「情け」とは、 他人をいたわる心であり、思いやりのことです。

 

 

 

多くの人は、このことわざを

 

 

 

「他人に優しくするのは、その人の成長にならない。

 

 人に優しくすることは、その人のためにはならない!」

 

 

 

という意味だと誤解ししている人が多くあります。

 

 

 

 

 

しかし、この本当の意味は、実は全くの逆なのです。

 

 

 

「もっと積極的に、人に親切にしなさい」

 

 

 

と促していることわざなのです。

 

 

 

 

 

 

 

ここで、疑問に残ることがあります。l

 

 

 

「人のためにならず」

 

 

 

とはどういう意味なのか??

 

 

 

 

 

これは、

 

 

 

「自分のためになるのですよ」

 

 

 

というのが、本来の意味なのです。

 

 

 

 

 

これは一体、どういうことなのか??

 

 

 

 

 

「相手のために行った親切や善い行いは

 

 すべて自分に巡り巡ってくるのだよ」

 

 

 

ということを教えているのです。

 

 

 

 

 

このことを切実に教えてくれる、ある物語がありますのでご紹介します。

 

 

 

 

 

1985年3月17日のイラン・イラク戦争での出来事でした。

 

 

 

 

 

 

戦争が激化する中、突然、当時のイラク大統領サダム・フセインが、

 

 

 

「イラン上空を飛行する全ての航空機を、2日後から攻撃する。」

 

 

 

と発表したのです。

 

 

 

 

 

 

 

無謀な宣告に、生命の危機を感じたのは、イランの首都に滞在している

 

日本人500名でした。

 

 

 

 

 

「このままイランに残っていると戦争に巻き込まれてしまう」

 

 

 

少しでも早く国外へ脱出する必要があるのですが、

 

一方的に指定された時間内に乗れる飛行機は、ほとんどありませんでした。

 

 

 

緊急事態なので、どの航空会社も、まず自国民から先に座席を埋めていきました。

 

 

 

日本の航空会社は、イランへ就航しておらず、

 

日本人を優先して脱出させてくれる航空機は1機もありません。

 

 

 

翌日、空港に詰めかけた日本人のうち、かろうじて座席を確保できたのは、約半数。

 

 

 

 

 

 

 

あと1日しかないない中、残された日本人は、日本からの救援を待ちました。

 

 

 


しかし、ついに日本からは救援機は現れず

 

結果として、日本人二百数十名が、危険な場所に置き去りにされました。

 

 

 


その時でした。

 

 

 

トルコ航空機が危険を冒してイランへ乗り入れ、

 

空港で途方に暮れていた日本人全員を救助したのでした。

 

 

 

まさに間一髪で、日本人全員が避難することができたのです。

 

 

 

なぜ、日本政府さえ躊躇した危険な場所へ、トルコが救援機を飛ばしたのか?

 

 

 

 

 

その大きな理由は、約百年前の「エルトゥールル号の遭難」で起きった

 

日本人とトルコ人とのエピソードでした。

 

 

 

 

 

 

 

明治23年9月16日,約600人が乗船するトルコのエルトゥールル号が、

 

紀伊半島南端の大島付近で台風に遭遇し、船は沈没してしまったのです。

 

 

 

 

 

乗組員は荒れ狂う暴風雨の中、真っ暗な海へ投げ出されました。

 

 

 

幸いにも海岸へ泳ぎ着いた人の中で、まだ動ける男たちが、

 

断崖の上から光を放つ灯台を目指して歩き始めました。

 

 

 

 

 

 

 

ドアをたたく音に驚いて、灯台職員が外へ出てみると、服が破れ、

 

裸同然の外国人が9名、血だらけになって立っていたのです。

 

 

 

とっさに船が難破したことだけは理解できたが、言葉がまったく通じません。

 

 

 

しかし、最優先させるべきは、人命救助。

 

応急処置をして、近くの村へ助けを求めに走ったのです。

 

 

 


村にも、不気味な爆発音が聞こえ、不審に感じた村人が、

 

海岸近くで倒れている外国人を発見しました。

 

 

 

 

 

すぐに村中に非常事態が告げられ、男たちが総出で海岸へ救助に向かいました。

 

 

 

生存者があっても、この冷たい雨にさらされたままでは命が危ない。

 

必死の捜索が続きました。

 

 

 


続々と負傷者が小学校や寺へ運ばれてきます。

 

海水で体温を奪われ、手も足も氷のように冷え切っている人が多く、意識も朦朧としていました。

 

 

 


「早く、裸になって温めるのだ!」

 

 

 

昔から、こういう場合は人肌で温めるのが最良の方法だとされてきました。

 

 

 

生死の境をさまよう男たちを布団に寝かせ、

 

村の男たちは裸になって抱きかかえ、代わる代わる温めました。

 

 

 

見ず知らずの外国人であろうと、彼らには何のためらいもありませんでした。

 

 

 

その甲斐あって、救助した69人全員が命を取り留めました。

 

 

 

 

 

 

 


大島は離島であり、約400戸の小さな村でした。

 

こんな大勢の負傷者を手当てするには、医薬品も、食料も不足しています。

 

 

 

 

 

そんな中、医師たちは不眠不休で治療に当たり、村人は食べ物や衣服を提供しました。

 

 

 

非常用に蓄えていたサツマイモやニワトリまで、全てを持ち寄って一日も早い回復を願ったのです。

 

 

 

事故発生から4日、ようやく大島へ救助船が到着。

 

負傷者は神戸の病院へ運ばれ,傷が癒えてからトルコへ送り届けられることになりました。

 

 

 


トルコと大島の人たちの間では、言葉は通じませんでしたが

 

心と心は、温かく固い絆で結ばれていたのでしょう。

 

 

 


それが100年たった後、イランイラク戦争での「恩返し」

 

を受けることになったのです。

 

 

 

 

 

トルコの人たちは、日本人から受けた温かい心遣いを忘れることはなく

 

歴史の教科書にも掲載されているそうです。

 

 

 

 

 

 

 

このように、人に親切をすることで徳をするのは

 

親切を受けた方は、もちろんですが

 

 

 

一番は、親切をしたあなた自身なのです。

 

 

 

 

 

仏教の根底にある、因果律でも教えられている通り

 

善い行いをすれば、その結果は必ず自分自身に返ってくるのです。

 

 

 

 

 

ですから、

 

 

 

「情けは人のためにならず」

 

 

 

の本当の意味を知り、実行できる人こそが

 

何事においても成功できる人なのです。